仏・独国境の街
矢古島 泰三 (S44 法)
ストラスブール。フランス西部アルザスの古都、EU議会もある。ライン川を歩いて渡ればドイツだ。
私は肝臓がんの手術後、涼しいところでちょっと贅沢な静養をと、15日間同地のホテルに家内と逗留した。15世紀の大聖堂や魅力的な木組みの家並みなどのある美しい街並みだが、フランス語は話せず、退屈するのではと危惧していた。
その時の救いの神が、フランス人と結婚し現地に住む、日本人女性たち。旅行社のバイトで我々のアドバイザー役だ。センス、マナーとも良く、魅力的で、時には乳母車に乳児を乗せやってくる。
彼女たちの、日常使っているお店や、誕生日など非日常のお店、また、週末の家族ドライブコースなど、買い物も食事も外れはない。
市内では、ケーキの美味しいサロン・ド・テ巡り。電車で近隣の街、コールマールやメッスなども美しい。足を延ばすと、スイスのバーゼルやドイツの黒い森と見どころ満載だ。毎日、今日は何をするか、天気予報を見ながら彼女たちと相談して決めていた。
彼女たちの日々の生活ぶりなど聞いていて驚いたことがある。子供が通う小学校では、月・火・水曜日の授業はフランス語で、木・金曜日はドイツ語だという。その理由が、「ここはドイツになるかもしれないから」とあっさり言われた。たしかに仏独の戦争の歴史は悲惨なもので、何百万もの人が亡くなっており、国境線もころころ変わってきた。
そう言えば、昨年滞在したオーストリアのインスブルックから、電車で1時間強、イタリアのブレッサノーレでも、小学校の授業は科目別に、例えば、国語と社会はイタリア語、算数と科学はドイツ語というふうに授業をしているとのこと。
いまは8大文明の時代とするアメリカの学者の説がある。西欧キリスト教文明のなかでは、小学校教育にも、こんなことがあるんだと妙に感心した。
いま起きている戦争は、文明の衝突だとも言われている。イスラム教文明と周辺国の争いはいつ果てるとも分からない。ウクライナの戦争は、ロシアを中心とする東方正教会文明と西欧キリスト教文明の境界線で起きている。
さて、この文明論で日本は、中華文明圏ではなく、日本文明として独立しているとのこと、何となく、誇らしげに思っていた。
でも、いざ危機といったときに、日本を助けてくれる国はあるのか。脱亜入欧は古いにしても、G7メンバーは日本以外すべて西欧キリスト教文明の国だ。何となく、民主主義の考え方など、西欧諸国と近い感じでも、違うものは違うとも思える。西ヨーロッパの近隣関係が、幾多の戦争を経てきているとはいえ、うらやましく思う。
『イタリア・スペイン旅行 1996年』
島川 修子 (H03 法)
慶応義塾大学を卒業して、父の会社に入社。注文建築を設計監理、100~200坪の邸宅型プロジェクト、日本調、ヨーロッパ調の鉄筋コンクリート造鉄骨造の建築設計監理、インテリア、エクステリアの製図実務に取組む内に、私は、昼間は1級建築士事務所の取締役として勤務、夜間はヤマギワリビナアカデミア照明専門学校と日建学院五反田校に通学、1年間国家試験に望み、晴れて建築士資格を登録しました。都心型分譲敷地に鉄筋コンクリート造地上3階地下1階自家用車2台駐車場付の会長社長2世帯邸宅フランス様式建築を竣工したのは1994年。実に施主のご夫妻と1週間に3日はお会いして議事録プラン、製図する日々。先生と共同作業を重ね、実施設計は2年を越す工程でした。
飛行機体研究家の自邸、医師画家ご夫妻の分譲マンション、箱根太郎平菅原仙石原に超高級メゾネット型テラスハウス、新宿東京銀座日本橋渋谷池袋駅の百貨店家具什器トルソー、青山吉祥寺レストランカフェ、西新宿の有名な超高級ホテル、中高層企業本社ビルと次々に建築物を完成します。
建築資料集成 日本建築学会編を読み図面、布地尺角サンプルを整理していたある日、私は、1冊の本『西洋建築物語』を見つけます。事務所にはプロジェクトの平面図、立面図、断面図、矩計図、基礎伏図、天井伏図他、村野藤吾建築家、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファンデル・ローエ、ル・コルビュジェの専門書籍とゼネコン矩計図、家具、日本製ヨーロッパ製輸入壁紙、天井紙、フローリング材、御影石、玄昌石、大理石、高級カーペット、カーテン布地、ブラインド、超高級システムキッチン、シャンデリア、ブラケット、照明取付用彫刻モールディング、手製の親柱の彫刻、鏡台、ティファニー社ステンドガラスパーツ等、ありとあらゆる建築資材を事務所のビルに保管しています。
私は先生と専門家と通訳と一緒にフランス、イタリア、スペインの工房に同行しました。
帰国後、この感動を母に伝えなければと思い一緒にヨーロッパ観光旅行に訪れます。
母は自宅の居間の机に向かって日記帳を1冊手作り。
イタリア旅行
成田空港発 ド・ゴール空港経由 ローマ空港着
トレビの泉 スペイン広場 サンタ・マリア・マッジョーレ広場
バチカン市国 カメオ ミラノ大聖堂 ヴェネチア ガラス工房 ホテル泊
フィレンチェ サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
ミケランジェロ広場 ウフィッチィ美術館 レストラン ホテル泊
ナポリ 青の洞窟 ソレント ホテル泊
ローマ空港 成田空港着
スペイン旅行
成田空港 英国航空ロンドン経由 マドリード空港着
プラド美術館 セゴビア旧市街 ローマの水道橋 モンセラット トレド ホテル泊
バルセロナ アントニオ・ガウディのカフェミラ サグラダファミリア グエル公園 フラメンコショー ホテル泊
コルドバ セビリア グラナダ アルハンブラ宮殿 金細工 コスタデルソル海岸 5つ星ホテル泊
マドリード空港 ロンドン経由 成田空港着
今、両親と思い出しても、1996年のこの旅行は暮らしに影響を与えてくれました。
ヴァイオリンが趣味の母は、音楽の幅が広がりオーケストラクラシックの楽譜を勉強するようになりました。
私は、これ迄はフランス、オーストリアの音楽が主でしたが、イタリアとスペインの音楽も聴くようになりました。
ピアノ練習はヨーロッパの街を想像する事が出来ます。
絵画は記念に油絵F6号~30号に描き自宅の居間の壁に飾り親しい友に贈ります。
展覧会に日本の街並みとヨーロッパの街並みを紹介する事が楽しみになりました。
杉並の風バックナンバー
2024.08 「赤毛のアン」の家をカナダの最果ての島を訪ねる 松江 裕二 (S57 経)
2024.07 武藤塾での恩返し 武藤 隆二郎 (S42工)
2024.06 オーストラリア大陸横断鉄道の旅 鈴木 正隆 (S51 工)
2024.05 五街道を歩く 秋葉 忠臣(S42 工)
2024.04 地方国立大学大学院での 4 年間の教授生活を振り返って 谷口 成伸 (S57 経)
2024.03 Dialogue in the Dark・・・暗闇の中の対話 吉川 清(S32 法)
2024.02杉並のチベットに住んで 塙 耕平 (S44 商)
2024.01新年のご挨拶桑島 文彦 (S44 工)
2023.12 野花の乱れ咲くアフリカへ飛ぶ 岡川 栄司 (S41商)
2023.11 引き算の芸術 松本 久仁子 (H9.環境情報)
2023.10 文楽を観に行ってみませんか 内藤 忠雄 (S52 工)
2023.09目指せ,日本一 水本 陽子(H20 法)
2023.08 日本茶の「?」にお答えします!岩田 裕(S54 法)
2023.07 ラグビーワールドカップフランス大会に寄せて田中 吉彦 (S56 文)
2023.06 川は流れる 原田 威夫(S28 経)
2023.05 今どきの年寄りは 匿 名
2023.04 音楽交際について 石川 正直 (S46 法)
2023.03 コロンバンガラ島・1万2千名の救出作戦
――殉死した兵士への供養塔・杉並区堀之内西方寺―― 宮間 宣幸 (S39 法)2023.02 私とワイン 景平悳雄 (S37 工)
2023.01 新年のご挨拶 桑島 文彦 (S44 工)
2022.12 悠久の時を刻む古時計長谷川 忍 (S44 経)
2022.11 ひょうたん池と飛行機広場 此島 育子(S50 文)
2022.10 ハワイ音楽の遍歴 山田 義範 (S33 経)
2022.09 なまくらなヨーガ瞑想法 鈴木 正幸(H25 文)
2022.08 九州屋久島へ! 久保田 宏(S46 工)
2022.07 お伊勢参り 山田 多知見 (S59 文)
2022.06 ドングリ 南波 悦子 (S50 法)
2022.05 私と「ふるさと」の縁 船田 昌喜 (S51 経)
2022.04私説 南河内風土記 近江岸 敏明 (S49 商)
2022.03 浅田次郎にハマった私 小池 一朗 (S52 法)
2022.02 舞伎と私 渡部 隆 (S44 法)
2022.01 新しい年 デジタル化推進の年を迎えて 秋葉 忠臣(42工)
2021.11 様々な風 岩竹 徹 (S49 工)
2021.10 我が家のわんこ和田 洋子 (S46 文)
2021.09 杉並三田会の更なる飛躍を願って 中村 雅美 (S38 工)
2021.08 お魚の食べ方 松木 祥直(S40 経)
2021.07 愛犬ジローとの18年9か月山崎 承一(S45 商)
2021.06 驚異的な嗅覚 勝呂 冠宇(H13 環境)
2021.05 町会長は楽しい 下河内 隆士(S46 経)
2021.04 『己書』と私 岩田 裕(S54法)
2021.03 生誕地探訪 長島 昭 (S36 工)
2021.02 フランス語の奇縁杉山 徹宗 (S40法)
2021.01 新しい年を迎えて 秋葉 忠臣 (42工)
2020.12 筋肉は裏切りません 前野 陽太郎 (S54 経)
2020.11 “Keio Welcome Net (KWN)” の温もりを届けよう! 吉川 清(S32法)
2020.10 スケッチの会5年生 三宅 正彦 (S52 経)
2020.09僕のたからもの 渡部 晃男 (S44商)
2020.08 鉄道研究会卒 宮崎 泰児 (S47経)
2020.07 コロナと二宮金次郎 林 明 (S43 商)
2020.06 真向法体操 武居 弘泰(S37 法)
2020.05 年寄の冷や水 曽我 一紀(S38 法)
2020.04 インドに行ってきました秋田 敬子 (H01 法)
2020.03 味と思い出 横田 順子 (S36 商)
2020.02 「我が家の厩舎から 」 高山 恒男 (S43 法)
2020.01 「未来の可能性を秘めた新年を迎えて」 服部 泰(41法)
2019.12 ウィーンの夏 渡部 徹 (S47経)
2019.11 手相を知ること 小林 ますみ (S57法)
2019.10 米国ドライブ旅行鈴木 正隆 (S51工)
2019.09 恩師からいただいた一冊の本 「海軍主計大尉 小泉信吉 小泉信三著 金井 宏之 (H51法)
2019.08 「フィドル」と「ヴァイオリン」-同じ楽器?違う楽器? 西 守 (S45 経)
2019.07 傾聴の精神 栗山 稔朗 (S40 経)
2019.06 生き甲斐になったダイビング 山内 俊一(S41工)
2019.05 人生100年のロードマップは描けたか 木村 雄二 (S45工)
2019.04 銘仙に魅せられて 古後 利佳 (S56文)
2019.03 テニス仲間とハワイへの旅 塙 耕平 (S44商)
2019.02 船と私、日常とは異なる空間 加藤英一郎(S44 工)
2019.01 良く学び、よく遊ぼう 服部 泰 (41法)
2018.12 都会のオアシス 水本 陽子(H20法)
2018.11 北海道 万歳! 岩田 雅之(S44商)
2018.10カントリーミュージックに親しんで60余年 松本 毅 (S41商)
2018.09 九死に一生 市村 美知子(48工)
2018.08 副代表を退任して 小田 伊津子(42文)
2018.07 近田舎(ちかいなか)・秩父遠藤 富士夫(S48 法)
2018.06 肥満は「現代の伝染病」古郡 鞆子(S40商)
2018.05「門前の小僧」お歌の手習い吉田 眞一郎(42法)
2018.04 ナローボート運河の旅 野崎麻美子(S49文)
2018.03 “60の手習い「ドラムス」”―ある本との出会い 中村 民平 (S44工)
2018.02 私のチェロ人生 朝川慎一 (S40商)
2018.01 新たな 第一歩を 服部 泰 (S41法)
2017.12 御朱印との出会い 中村 隆 (S49工)
2017.11 杉並三田会「スケッチの会」第12回グループ展 本間 博 (S37文)
2017.10米国ワシントン州との関わり 大久保 浩司 (S45 経)
2017.09クラシック音楽活動と日本の未来 大久保けい子(H6文)
2017.08 ライデンとジン 竹下妙子(S40 商)
2017.07 北米旅行-西部劇と思い出- 森下 尚 (S44工)
2017.06 コップ半分の水 野沢聡子(S42文)
2017.05 モンブラン登頂の思い出 岩崎 静江(S32 共薬)
2017.04 私の歌の歩み小島 常弘 (S41 商)
2017.03 音楽サークル Musikverein 創立15周年の節目を迎えて 高橋 克(S49 工)
2017.02 The sooner, the better 最上 徹 (S38 経)
2017.01 創立25周年を迎えて 服部 泰(S41 法)
2016.12 音楽は人生のパートナー伊部 雄介(S41 経)
2016.11 スケッチの会第11回グループ展 本間 博 (S37 文)
2016.10 身近な自然に癒されて 野角みどり (S46文)
2016.09 夏のヨーロッパオペラ三昧 今井輝美(S48法)
2016.08 善福寺川緑地の風景 上東野 治男(S45 法)
2016.07 下の句を忘れないで賀川 彰 (S45経)
2016.06 余暇の楽しみ 中村 晴美 (S48共薬)
2016.05 百名山と温泉の思い出 瀨川 隆二 (S47法)
2016.04 私の杉並の風 中村 知好 (S45法)
2016.03花見とハイキング 田熊 利彰 (S44法)
2016.02”水素は凄いぞ !!! 松浦正好 (S43経)
2016.01 ”新しい年”をむかえて 深堀博義 (S40商)
杉並の風アーカイブズ
「赤毛のアン」の家をカナダの最果ての島に訪ねる
松江 裕二 (S57 経)
プリンス・エドワード島のブライト・リバー駅で期待に目を輝かせながらマシュウ・カスバートさんの到着を待つ少女。ノバ・スコシアの孤児院からもらわれてきた赤毛の女の子・・・ L. M. モンゴメリの不朽の名作、「赤毛のアン」の一節である。幼い頃に胸を躍らせながら読んだことがある人、お子さんやお孫さんに読み聞かせたことがある人も多いことだろう。また、NHKの連続テレビ小説「花子とアン」をご覧になった方もいるだろう。
「赤毛のアン」は、原作名を”Anne of Green Gables”という。この世界的に著名な小説は、原作者のモンゴメリが幼い頃に過ごした、プリンス・エドワード島での思い出をモチーフにした創作であるが、これらの地名は全て実在のもので、アンがもらわれてきて、暮らすことになった「グリーン・ゲイブルズ」と呼ばれる家も存在する。もちろん、グリーン・ゲイブルズは小説のヒットの後に観光用に建てられたものであろうが、外観や中の造りは小説の描写そのもので、アンの暮らした部屋などもあり、まるで赤毛のアンが実在の人物であったかのような錯覚を覚える。
アンが産まれたノバ・スコシアは、カナダの北東にある州の名前で、州都はハリファックスである。漁業の盛んなこの州から、アンはカスバートさん兄妹の住むプリンス・エドワード島のアヴォンリー村に、養女としてもらわれてきた(本当は、カスバート兄妹は男の子が来ると思っていた)。プリンス・エドワード島はノバ・スコシアのさらに北にある、言わばカナダの最果ての島であるが、島全体が小さいながらもプリンス・エドワード・アイランド州という、10州あるカナダの州のひとつである。アンの言葉を借りるなら、「世界で一番美しい島」でもある。
聡明で空想好きなアンは、実に豊かな表現力でグリーン・ゲイブルズの周囲の風景を描写していく。「きらめく湖」「お化けの森」「スミレの谷」「恋人たちの道」「黄金色の嵐のような、風に揺らいでいるキンポウゲ」「眩しいほど野バラの咲き溢れる小径」。スミレやキンポウゲや野バラは見つけることができなかったが、それらが咲き乱れる様子は容易に想像できた。きらめく湖やお化けの森は「きっとこれだろう」というのを発見できた。湖は水面が美しく煌めいていた。
私がプリンス・エドワード島を訪れた理由は、単に赤毛のアンの「聖地」を訪れてみたいという物見遊山であったが、訪れてみて、その豊かな自然と、何も飾らない風景に触れて、アンの豊かな描写に感動を覚えた。「世界で一番美しい島」は確かに素晴らしかったが、アンの曇りのない瞳を透してこそ「世界一」となり得たのであろう。何気ないものに美しさを見出すことができる感受性、その研ぎ澄まされた感性こそが人生を豊かにしてくれるのだと再認識した。私自身も人生を豊かにするために、感受性を大切にしようと小さく心に決めた。